TOF粉末中性子用RIETAN-2001Tに関するお知らせとお願い

2003年9月末日をもってTOF粉末中性子用RIETAN-2001Tを下記の理由により廃棄し,その配布を停止しました.今後は,VegaおよびSirusの装置グループ員にご相談の上,他のリートベルト法プログラムで解析するようお願いします.

率直に言って,RIETAN-2001Tとは名ばかりで,RIETAN-2001T ≒ RIETAN(2001ー5)T = RIETAN-96Tというのが実体でした.私がRIETAN-2000やVENUSなどの開発に没頭していたため,7年間も機能増強を放擲していました.ユーザー(装置グループのメンバーを含む)からのバグ報告や改善の要望がほとんどなかったこと,SiriusはもとよりVegaでも格子面間隔dの大きい反射を観測できないこと,その他もろもろが私のやる気を著しく削ぎました.dの大きな反射の欠落(とくにSiriusは深刻)が構造精密化にとって相当な痛手であり,MEM解析にとっては致命傷なのは言うまでもありません.いつでもマルチバンク対応に改造できるようにパラメーター配列にダミーの要素まで入れておいたのに,最後までマルチバンクの同時測定データの処理は依頼されませんでした.いずれも,RIETANの改良に腕をふるう気を萎えさせるような中途半端な装置に過ぎませんでした.

RIETAN-2001Tが現役ソフトとして命脈を保つには,新機能の追加と信頼性の維持が必須です.それに要するコストは,本来,中性子散乱研究施設KENSや次世代パルス中性子源プロジェクトJ-PARCが負担するのが筋です.しかし,不可解なことに,それらの組織は結晶学プログラム開発用資金をびた一文出してくれません.基本的に「データさえ取れりゃあいいじゃねえか.」という片手落ちな姿勢です.ソフト開発は加速器や装置の建設や運転と比べたら桁違いに安上がりなのに,なぜそんな端金をケチるのでしょうか.装置とソフトは車の両輪です.立派な装置だけ取り揃えたところで,最先端の研究が実現できるはずがありません.必然的に解析ソフトは外国から調達するということになり,国産技術は衰微し,本邦初演的研究しか遂行できなくなります.二番手,三番手で十分ということなのでしょう.そうだとしたら,破綻寸前の国家財政にもかかわらず莫大な血税が投入されるJ-PARCの存在意義はどこにあるのでしょうか.そんな偏った施設が国内外の研究者から最高研究レベル(最高ビーム強度ではありません)のパルス中性子源と評価され,大いなる敬意を払われる存在になれるでしょうか?

独立行政法人化した物材機構において,別な組織のために無償で粉末構造解析ソフトを開発するという「慈善事業」が歓迎される訳はありません.そうなると,RIETAN-2001Tを生き長らえさせるために,泉という一個人がソフトの開発と維持のための労力とコストをすべて負担することになります.J-PARCが「結晶学の墓場」に堕するのを防ぐために,なぜ私が孤立無援のままボランティア活動に励まなければならないのでしょうか?身も蓋もない言い方ですが,今やRIETAN-2001Tは私に人柱となるのを強制し,経済的な災厄をもたらす貧乏神にすぎません.私は義捐金まで募っているほど困窮している身です(寄付・業務委託についてをお読みください).構造解析ソフト開発の支援を忌避する不健全な業界のために汗水垂らすほど慈愛に満ちた人格は持ち合わせていない以上,貧乏神は追放すべきです.

TOF粉末中性子回折用の構造解析アプリケーション(ユーティリティーではありません)を製作してきたのは,我が国では実質的に私一人です.有望な若手は皆無といってよいでしょう.「墓場」に優秀な結晶学者が馳せ参じる訳はありませんから,δ関数のように直立していた線が消えた後は,世界貿易センターの跡地同様,フラットになるだけです.腑甲斐ない --- これ以外の形容詞は思い浮かびません.

現在ではリートベルト法は先端技術ならぬ古典的な構造精密化法にすぎませんし,別な選択肢(東北大金研のHERMESと原研のHRPDの利用,外国製リートベルト解析ソフトへの乗り換え)もあるわけですから,私がRIETAN-2001Tを改訂し続けるべき理由はとくにありません.より学術的意義と波及効果の大きく,私にとって心理的抵抗のない仕事,とくにRIETAN-2000の後継バージョンの開発に全力投球するためにリストラしたところで一向に差し支えないと思われます.

RIETAN-2001Tのメンテナンスを実質的に放棄した後,気づいたバグが2, 3あります.もっとも深刻なのは,R因子(RBとRF)の計算,フーリエ・D合成,MEM解析などに用いる観測積分強度の計算に関するバグです.RIETAN-2001Tの出力したRBとRFはあてになりません.RIETAN-2001Tを利用したフーリエ・D合成やMEM解析は危険です.

これらのバグの原因究明には時間がかかりそうなので,忙しさに紛れ放置したままRIETAN-2001Tの終焉を迎えました.幸い,無保証・無サポートという条件で配布しているフリーソフトウェアなのですから,私にはなんの責任も義務も生じません.自分が使う可能性も将来性もないソフトのバグ退治に精を出すのはナンセンスです.

この数年,私自身はRIETAN-2001Tをほとんど使っていませんから,私が気づいていないバグはまだまだ潜んでいるはずです.事実上一人で開発した長大なソフトにバグが忍び込むのはやむをえません.ユーザーからのフィードバックがほぼ皆無だったのですから,なおさらです.

賞味期限切れのバグ入りソフトが今後も長く使われるようだと,作者たる私は立つ瀬がありません.RIETAN-2001Tを今後も使い続けるような,私の意に反する行為は止めるよう切にお願いします.

上記の文言に対し意見・批判・質問などがありましたら,私宛に直接メールをお送りください.