TOF粉末中性子回折用RIETAN-TNについて

本Webページは2004年4月時点の内容をフリーズしたものです.その後は更新していないことをお断りしておきます.


事の発端は昨年,私が「TOF粉末中性子用RIETAN-2001Tに関するお知らせとお願い」というWebページでRIETAN-2001Tの廃棄を宣言したことでした.

その後,RIETAN-2001Tのユーザーだった方々が非常に困惑しているという話が直接・間接に耳に入ってきました.学会シーズンが近づきつつありますが,外国製ソフトへの乗り換えはほとんど進んでいないように見受けられました.一方,私は下記の事情からRIETAN-2001Tの改訂に取り組まざるをえなくなりましたが,3月上旬に一連の作業をほぼ終えました.そこで,できるだけ多くのユーザーを一刻も早く救済するため,その改訂版についてここでお知らせすることにしました.

RIETAN-2001Tに深刻なバグ(と不具合)が含まれていると判明した以上,それが修正もされずに使われ続けるのは,絶対あってはならないことです.といって,第三者がそれらをすべて修正できるとは到底思われません.私自身が理解し難いほど複雑怪奇なソフトであり,第三者の理解を超えているからです.事実,私が見つけたいくつかのバグの詳細について問い合わせてきた人は(装置グループのメンバーも含め)未だに皆無です.装置グループから脱退し,RIETAN-2001Tのメンテナンスを放棄した以上,私は「RIETAN-2001Tを使うのはもうやめて,外国製ソフトに乗り換えなさい.」と言い放つしかありませんでした.「RIETAN-2001Tを今後も使わせてほしい.」と頼むのは,「ボランティアとしてRIETAN-2001Tのバグを修正しろ.」と私に強制するに等しいのです.虫がよすぎます.生憎,私はTOF粉末中性子回折のために只働きするためのモチベーションを持ち合わせておりませんでした.

私がRIETAN-2001Tのリストラを宣言した後,RIETAN-2001Tが使えないとなると,研究計画がガタガタになる,と言ってこられた一ユーザーがいらっしゃいました.外国製リートベルト解析ソフトに乗り換えたくないし,その余裕もないというのです.私は彼に恩義を受けています.恩人の研究の進展を妨げるわけにはいきません.そこで,いずれ時間の余裕が出来たときに彼のためにRIETAN-2001Tのバグや不具合を除去したWindows用新バージョンを作成する,ということを大分前に約束しました.

2月下旬に亡霊と再び対面しました.週末も休むことなく,突貫工事でRIETAN-2001Tの改訂に取り組みました.私はその中身をすっかり忘れており,最初,ソースコードを眺めたときは目の前が真っ暗になりました.困難を極めた末,出来上がった新版をRIETAN-TNと命名しました.名前の由来を書くのは控えておきます.バージョンアップに要した日時の大半は,ソースコードを理解するのに費やしました.思い出すのも嫌になるほどきつい作業でした.スピードよりは安定性に重点を置いて改良するよう心がけたので,かなり遅くなってしまいました.

RIETAN-TNでいくつかの強度データをテストしてみたところ,Rwpが最大で0.12%も下がりました(注: その後,0.4%程度下がる例も見つかりました).リートベルト解析の経験者はおわかりでしょうが,これは驚くべき数字です.大成功といって過言でありません.'観測'積分強度が激変したため,RBとRFもかなり変わりました.事前の予想を超える改善効果に意を強くし,リートベルト解析終了後にVICS形式のファイル*.vcs中の格子・構造パラメーターを自動更新する機能も追加しました.

こうしてRIETAN-TNができあがりましたが,RIETAN-TNを彼だけに提供するのでいいのか,といつしか自問している自分に気づきました.私はあくまで彼への恩返しのためにRIETAN-2001Tを改訂したのです.しかし,彼は希望者全員がRIETAN-TNを使えるようになることを強く望んでいます.また,私自身が彼の心温まる人柄とRwpの顕著な減少に胸を打たれ,RIETAN-TNを一般公開してもよい,という心境に変わってきました.

そこで,彼とも相談の上,RIETAN-TNを彼以外の方々にも差し上げることにしました.中性子回折の利用者にはMacユーザーが多いことを考慮し,Mac OS用のCarbonアプリケーションも作成しました.これはMac OS 8.6以降とMac OS X上で走ります.VICSとの連携機能は欠いています.

要するに,私の救済措置というのは, 私が気づいたRIETAN-2001T(およびRIETAN-96T)のバグおよび不具合を解決し,新たな機能を一つ付け加えたRIETAN-TNを希望者に一定の使用許諾条件に従って無償で差し上げるという建設的なものです.もちろん押し売りなどいたしません.過去にVegaとSiriusで強度データを測定したことがあり,外国製リートベルト解析ソフト・アレルギーの人だけお使いください,というスタンスです.

RIETAN-TNとRIETAN-2001Tの入力ファイル*.insは共通ですから,再解析はいとも簡単です.Windows上では*.insをVICSで読み込めます.

RIETAN-2001T/96TとRIETAN-TNを利用して同一入力ファイル*.insを解析した場合,RIとRFは大なり小なり変わり,反射リスト中の観測・計算積分強度は劇的に変わります.もっとも重要なR因子であるRwpについては,ほとんど変化しないものもあれば,かなり下がるものもあります.たとえば,SiriusとVegaで測定した強度データの再解析では,次のようなR因子を得た例がありました:

Sirius Rwp RI RF
RIETAN-2001T 6.44 % 4.95 % 8.44 %
RIETAN-TN 6.01 % 4.80 % 6.37 %

Vega #1 Rwp RI RF
RIETAN-2001T 4.10 % 1.53 % 1.17 %
RIETAN-TN 3.93 % 1.61 % 1.16 %

Vega #2 Rwp RI RF
RIETAN-2001T 5.64 % 1.49 % 1.05 %
RIETAN-TN 5.28 % 1.87 % 1.18 %

Rwpの分子は残差二乗和そのものですから,Rwpの顕著な低下は解析結果に甚大な影響を与えます.Rwpがどの程度変わるのかは,実際に解析してみないとわかりません.いずれにせよ,R因子はリートベルト解析結果を報告する際,必ず記述する重要な数値ですから,過去8年間にRIETAN-96T/2001TとRIETAN-2001T改造版を用いて得た解析結果は総点検が必要です.自動車のリコールに相当するような事態なのですから,装置グループは自動車メーカー同様,解析結果に及ぼすバグの影響について系統的かつ徹底的に調査し報告する責務を負っています.それらの解析結果をなんらかの形で発表(たとえばオリジナル論文,修士・博士論文,解説,著書などに記述)するときは,必ずRIETAN-TNで再解析してください.RIETAN-96T/2001T(第三者による改造版を含む)で得た解析結果をRIETAN-TNで再解析せずに発表することは固く禁じます.RIETAN-2001Tでアップデートした*.insをRIETAN-TNで共役方向法により解析するだけで,大して手間はかかりません.ご迷惑をおかけしますが,何卒よろしくお願いいたします.

RIETAN-TNを使用して得た解析結果を口頭・紙上発表するのは自由です.私を連名にする必要はありません.私は日本のパルス中性子の世界に見切りを付け,すでにそこから逃げ出した人間です.残酷なことに,足を洗ったにもかかわらず,まだやらざるを得ない難事が残っていました.私はそれを必死で片づけました.RIETAN-TNを最後の置きみやげとさせてください.

RIETAN-TNは完璧からはほど遠いです.多忙につき,高速化のための努力を放棄しているのが最大の欠点です.バグはまだ残っているかもしれませんが,ご指摘があれば,時間が許す限り修正するよう努めます.

RIETAN-TNの配布を希望する研究グループは,その代表者が2004年4月23日までに私に直接申し出てください.その際には,Windows用とMac OS用のいずれを所望されるのかを書き添えるようお願いします.4月23日より後の配布依頼には応じかねます.

なお,RIETAN-TNの最新版を実行すると,出力リストの最後に必ず"--- RIETAN-TN Final Copyright (C) 2004, by F. Izumi ---"と表示されます.RIETAN-96T/2001T(obsolete!)の出力と混同されないよう十分ご注意ください.

末筆ながら,RIETANを長く愛用されているユーザーからいただいたメールに書かれていた和歌を紹介させていただきます:

沍返る泉の元に戯れるヒナの恵みと古木の芽吹く  詠み人:一山師
(いてかえるいずみのもとにたわむれるひなのめぐみとこぼくのめふく)